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アース・スターノベル 毎月12日刊行!!

Sランクの冒険者アンジェリンは、
遠い故郷で暮らす父・ベルグリフのことが大好き。
血は繋がっていなくても、確かな絆で結ばれている親子なのです。
そんな二人のショートストーリーを
著者・門司柿家 先生が書き下ろししてくださいました。
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キャラクター紹介

【後篇】はこちら!

 【前篇】
 日が暮れて、吹いて行く風が木戸をがたがたと揺らした。

 念願の帰郷が叶ってから、アンジェリンはトルネラでの穏やかな生活を満喫していた。
気心の知れたパーティメンバーであるアネッサやミリアムと野山を歩くのも楽しかったし、昔馴染みの友人たちと語らうのも嬉しかった。そして何よりも父親であるベルグリフが近くにいるのが嬉しくて仕方がない。
 そういうわけで、トルネラ村での日々は毎日が楽しく、アンジェリンはすっかり満足していた。

「ひゃー、今日も拭くほどに汚れるぞー」

 体を拭いた濡れ手ぬぐいを広げて、ミリアムがきゃっきゃとはしゃいだ。

「ほら、ふざけてないでさっさと済ませないと風邪引くぞ」
「大人ぶってないでちゃんと拭かなきゃ駄目……汚いぞ」
「ひゃわっ! よ、よせ! 自分でするから!」

 後ろから手ぬぐいを当てられたアネッサが悲鳴を上げて身を引いた。アンジェリンはくすくす笑い、鍋のお湯に手ぬぐいを浸して絞った。
 日が暮れるとこうやって体を綺麗にして、それから夕飯だ。何だかんだと畑仕事や外回りをしているとたった一日でも体は随分汚れた。

 首筋を拭きながら、アンジェリンはミリアムを見た。もちもちして柔らかそうな白い双丘が、手ぬぐいを持った手が動く度にたゆたゆと揺れている。
 同じ女なのに、この違いは何だろうとアンジェリンはそっと自分の胸元に手をやった。
 冒険者として、剣士として戦うのに大きな胸は邪魔である。理屈ではそう分かっているけれども、アンジェリンだってやはり女の子、ふっくらした柔らかさに羨望を覚える事だってある。
 視線に気付いたらしいミリアムが首を傾げた。

「なんだよう」
「……同じもの食べてるのに、なんでミリィとわたしはこんなに違うのか」
「な、なんだとー。これでも少し痩せたんだぞ!」
「そっちじゃない……おっぱい。乳の話」
「ないものねだりしても無駄だぞアンジェ。それにでかいと動きづらいっていうし」
「うるさいぞアーネ……理屈じゃないのだ」
「ふふふー、アンジェもお年頃だもんねー」
「何かやってるの? ……自分で揉んだりしてるの?」
「そ、そんな事しないよ!」

 ミリアムは口を尖らして、脇に置いた肌着を手に取った。アンジェリンは納得いかないようで、尚も何か言おうとしたが、木戸が叩かれたので黙った。ベルグリフの声がした。

「もう済んだかい?」
「ま、待ってください! もう少し!」

 アネッサが慌てた様子で手ぬぐいを肌の上に走らせている。

 そんな風にしてまた夜が明けて次の日になった。
 相変わらずの良いお天気で、風はひんやりするけれど、陽光が燦々と降り注いでいて、暖かである。
 その日も、朝の稽古と畑仕事の手伝いを終えたアンジェリンが広場の方に歩いて行ってみると、隊商が来ていて、賑やかに品物を並べている。すでに人が集まってあれやこれやと品物を持ったり置いたりして大いに盛り上がっていた。

 娯楽の少ないトルネラでは隊商の来訪は大きな楽しみだ。子供たちはもちろん、大人たちも心待ちにしている。
 オルフェンの喧騒と刺激にすっかり慣れているアンジェリンも、トルネラの広場の隊商を見ると幼心が蘇るようで嬉しくない筈がない、足を速めて広げられた商品の前にかじり付いた。
 春告祭間近にもかかわらず、それに合わせずに来ているから、この隊商はトルネラの馴染みではない。どうやら帝都方面から長い旅をして来たようだ。扱う品物も馴染みの行商人とはまた違って面白い。

 安っぽい金属細工の装飾品や、お世辞にもいい出来とは言えないブリキのおもちゃが却って微笑ましくいいものに見える。そんな中、不思議と丁寧に作られた布の造花があって、それがアンジェリンの目を引いた。薔薇を模していて、赤や白を始めとして幾種類かの色のものがある。脇には手作りできるように既に段取りした後らしい、型取りした布や糸などがまとめて置いてあった。手芸でも教えてくれるのだろうか。
 アンジェリンが見ているのに気付いたらしい行商人の女がにこにこしながら話しかけた。流浪の民らしい、少し訛りのある喋り方だ。

「お嬢さん、いかがです?」
「うん……造花ばっかり珍しいね」
「おや、ご存じない?」
「なにが?」
「もうじき父の日じゃないですか」
「乳の日……」

 アンジェリンはそっと自分の胸元に手をやった。

「……知らなかった。そんな日があるの」
「ええ。うちの辺りだけの風習かも知れませんけどね。日頃の感謝を示す日なんですよ」
「乳に」
「ええ、父に」
「そうなんだ……」

 そんな恐ろしい日があるのか、とアンジェリンは行商人をまじまじと見た。流浪の民で、頭に布巻き帽子をかぶり、髪の毛は癖っ毛だ。肌は浅黒く、そうして豊かな胸部が服を持ち上げて存在を主張していた。厚着なのに胸元だけ不思議と露出しているのは、商売の客寄せの為なのだろうか。
 流浪の民はみんなこうなのかしら。そうなると、乳の日なんて酔狂なものがあるのも仕方がないのかなあ、と嘆息する。

「いいなあ……感謝できるのは」
「え……もしかして、いらっしゃらないんですか」
「いらっしゃらない……見ての通りずっとこう」

 そう言って胸の前で手を重ねた。行商人は同情するような顔をして目を伏せた。

「こんな世の中ですからね……さぞ苦労なさった事でしょう。主神の加護のあらん事を」
「大げさだよ……それに、まだそんなに苦労した事ないし」
「そ、そうですか……お嬢さん、お強い方ですねえ……でも寂しいですね、成長した姿を見せてあげられないというのは」
「見せる……は、恥ずかしい」

 アンジェリンは頬を染めて体を抱くようにした。行商人は首を傾げる。

「どうしたんですか、お嬢さん」
「だって見せるとか言うから……わたしだってまったくないわけじゃないし……」
「はあ」
「あなたは見せるの……?」
「はあ、まあ、別に進んで見せたりはしないですけど、そこにいれば見る人は見るんじゃないですかね」
「……確かに。そんなに立派だとみんな見るよね」
「え、わたしの父の事ご存じなんですか」
「そりゃそうだよ……」
「そ、そうですか……い、いや、そんなに立派なものじゃありませんよ」
「何をおっしゃる……正直羨ましい」
「……お嬢さん、辛いかも知れませんが、頑張ってくださいね」
「うん……ありがとう。でも、まだまだ成長期の筈だから……わたしは諦めない」
「はあ」
「でも、みんながみんな立派じゃないよね? そんな乳にも感謝するの?」
「そりゃお嬢さん、この世で一人じゃないですか」
「……二つじゃなくて?」
「はあ」
「でも乳に貴賤なしか……それもまた真理。良い事言うね、お姉さん」
「はあ、どうも」

 話がちっとも噛み合わない。そこにアネッサとミリアムがやって来た。

「おー、行商だー。賑やか」
「アンジェ、何見てるんだ?」
「何という事も……行商人さんとお話……」

 アンジェリンは近づいて来たミリアムの胸を見て目を細めた。人差し指を伸ばして、「てい」と胸を突っつく。分厚いローブ越しにも柔らかな感触が伝わった。ミリアムは「ひゃああ」とくすぐったそうに悲鳴を上げて頬を染めた。

「な、なにをするかー」
「乳の日……感謝してる?」
「何を言ってるんだお前……」

 アネッサが呆れたように腕を組んだ。

「行商人さんが……ね?」
「はあ」

 行商人は訳も分からずに頷いた。アネッサもミリアムもよく分からずに首を傾げる。

「何の話をしてたんだよ」
「乳の日っていうのがあるんだって……」
「へえ、そんなのが」
「知らないなー。お姉さん、流浪の民の人?」

 行商人は頷いた。

「ええ、そうなんですよ。やっぱりわたしら特有のものなんですかね。この造花を贈るんですよ」
「贈るの? 自分に?」
「え? いや父に」
「乳に……」
「日頃の感謝を込めてって感じですね」
「日頃……でもお世話になるのは赤ちゃんの時じゃないの?」
「はあ、そりゃ赤ん坊の時もですけど、大きくなってからもお世話にはなりますよ」
「……えっちだ」
「え」

 相変わらず一向に話が噛み合わない。
 何だか変だな、とアネッサが片付かない顔で眉をひそめた。ミリアムはにやにやしている。

 わあと声が上がって、子供たちがブリキのおもちゃを抱えて連れ立って駆けて行った。お小遣いを出し合って買ったらしい。ああいうおもちゃを小さな時に買ってもらった事があったっけ、とアンジェリンは思った。

「そういえばお父さんは?」
「まだ畑にいたぞ。芋も植えちゃったし、手伝える事はないみたいだから、わたしらもこっちに来たけど」
「そっか」

 アンジェリンは口をもぐもぐさせた。
 父の日には男の人はどうするのかしら。女みたいに出っ張ったりはしないけれど、男の人にだって乳はあるのだ。目を白黒させている行商人の方を見た。

「……男の人も感謝するの?」
「はあ、そりゃ。というか、お嬢さん、今お父さんって……」
「お父さん? うん、言ったけど」
「いらっしゃるんですか?」
「うん」
「でもお嬢さん、さっきいらっしゃらないって……」
「……? いるよ?」
「はあ」

 行商人は困惑した表情でアンジェリンたちの顔を順に見やった。
 ミリアムがこらえきれないといった様子で吹き出して、けらけら笑った。

「ちち違い!」
「……あー」

 アネッサが理解した、という感じで額に手をやった。やがて行商人までもが笑い出したので、アンジェリンは何だか置いて行かれたような気分で視線を動かした。


            
                    
 
                    
 【後篇】

 昼餉の支度をしようと、ベルグリフが暖炉の熾きを起こして、朝の残りのスープを温めていると、アンジェリンたちが帰って来た。

「やあ、おかえり。隊商が来てるってのは本当かい?」
「ただいま……本当」

 アンジェリンは何だかもじもじしている。

「そうか。昼を済ませたら行ってみようかな……」
「むふふ、ベルさんベルさん、アンジェったらね――みぎゃあ!」

 何か言いかけたミリアムが尻を押さえて跳ね上がった。アンジェリンが口を尖らせてミリアムを睨んでいる。アネッサは呆れたように笑いながら肩をすくめた。
 訳が分からずにベルグリフが首を傾げていると、アンジェリンが食わぬ顔をして前に歩み出る。そうして後ろ手に隠し持っていたものを差し出した。

「……はい、これ!」
「ん? なんだい」

 アンジェリンが差し出したのは布で作られたらしい薔薇の造花である。茎の部分は細い木の枝を使ってある。
 受け取ったベルグリフはそれを指先で回してまじまじと見た。少し不格好だがそれが却って可愛らしい。

「上手に作ってあるね。どうしたんだい、これは?」
「あげる! お父さん、いつもありがとう!」

 アンジェリンはそう言ってベルグリフに抱き付いた。ベルグリフはおやおやと思いながらも受け止めて撫でてやった。

「はは、お土産もいっぱいくれたのに、またくれるのかい? ありがとう、アンジェ」
「……えへへ。わたしが作ったんだよ!」

 アンジェリンはぐりぐりと胸元に顔を押し付けた。ベルグリフは造花を見て、それからアネッサの方を見て小さく首を傾げる。アネッサは頬を掻いた。

「流浪の民の風習だそうですよ。父の日っていって、父親に感謝する日があるそうです」
「へえ、そんなものが……流浪の民も色々な文化があるからなあ」
「……わたしは普段からお父さんにずっと感謝してるけど、特別な日もあっていい」
「でもベルさん! アンジェってば最初は間違えてたんですよ! ちち違い! おばか!」

 やや涙目のミリアムが食ってかかるように言った。アンジェリンが振り向いて威嚇するように唸る。ベルグリフは目をぱちくりさせた。

「ちち違い?」
「いいの! 聞かないでお父さん!」

 アンジェリンが両手を伸ばしてベルグリフの耳を塞いだ。そこにミリアムが飛び込んで来て、がら空きの脇腹を引っ掴んだ。アンジェリンは「きゃん」と悲鳴を上げて身をよじらせる。ベルグリフは慌てて足を突っ張った。

「やめろミリィ、こんにゃろー」
「乙女のお尻をつねったりするからだ!」
「ちょ、二人とも落ち着きなさい、危ない危ない!」
「わあ! ベルさん、鍋!」

 アネッサの叫びに振り返ると、煮立ったスープが溢れて火の上にこぼれてじゅうじゅう音を立てていた。ベルグリフは慌てて火ばさみを引っ掴むと、鍋を暖炉から逃がした。

「やれやれ……」

 ベルグリフは握りしめてくしゃくしゃになってしまった造花を見て、布の花弁を一枚一枚丁寧に指先で伸ばして形を整えた。経緯はどうあれ、娘が自分を想って贈ってくれたものは嬉しい。さて、どうしてくれようか。

「服に……いや、汚れるな」

 布でできているから服に縫い付けるのもいいかと思ったが、日々の仕事で汚れてしまう。
 ベルグリフは少し考えて、使っていない小瓶に造花を差した。飾り気のない家だったが、こういうのも悪くない。
 ちらと暖炉の方を見ると、アンジェリンたちは大慌てで消えかけた熾火に小枝を乗せて焚きなおしている。

 ベルグリフはくつくつと笑って、花を差した小瓶を窓際に飾った。窓から差す光に照らされて、花弁に微かに付いた煤汚れがはっきりと見えた。

                
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